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〈後編〉バイデン副大統領の発言と、「押し付け憲法論」をめぐる論議

バイデン副大統領が「我々が日本の憲法を書いた」と明言したことが波紋を広げている。

前編では、発言への反応と「押し付け憲法論」の位置づけについて記したが、この後編では「押し付け憲法論」をめぐる論議について、護憲派の掲げる「幣原発案説」を交えて掘り下げよう。

まず、「押し付け憲法論」をめぐる論議の前提として、GHQが当時日本を統治していたことが歴史的事実であることを確認したい。これは、いかようにも否定できないものである。日本のポツダム宣言の受諾すなわち、1945年9月2日の戦艦ミズーリでの日本の降伏文書調印は、あくまでも日本の無条件降伏であり、日米の双務的契約ではないとしたのがアメリカのトルーマン大統領である。このトルーマンから委任を受けて日本を統治したのがマッカーサーである。マッカーサーの日本での権限は「最高」のものであり、天皇および日本政府の国家統治の権限は、マッカーサーに従属した。また、日本統治のために必要と判断される場合には、米軍の実力行使が認められた。これはトルーマンマッカーサーに宛てた「連合国最高司令官の権限に関するマッカーサーへの通達 1945年9月6日国立国会図書館)」より抜粋・要約したものである。

さらに、この文書で注目すべきは、「貴官は、実力の行使を含む貴官が必要と認めるような措置を執ることによつて、貴官の発した命令を強制することができる。」という部分である。つまりこの大統領通達は、マッカーサー天皇および日本政府に対して「命令を強制することができる」と明記しているのである。これは戦勝国アメリカがマッカーサーに与えた権限であり、無条件降伏を受け入れた日本は従属する以外になかったのである。これについて、厳密にはポツダム宣言違反だとか、国際法違反だとか、このことの是非を論じても意味がない。当時の状況は事実こうであったということであり、過去の事実は変えられないのである。

連合国最高司令官マッカーサーは、日本政府はもちろん、天皇にさえ命令が出来る権限を得ており、ポツダム宣言を受け入れて武装解除した日本側は、この命令に従属するしかなかったのである。

さて、「押し付け憲法論」をめぐる論議であるが、アメリカが日本に命令していたという歴史的事実が動かせない以上、マッカーサーの個々の言動が「押し付け」であったとか、なかったとかを論じるのは、そもそもおかしな事である。「押し付け」という言葉を使うのであれば、マッカーサーの言葉は全て「押し付け」である。日本は天皇といえども、マッカーサーに従属を強いられていたというのが現実だからだ。

より具体的な話として、「押し付け憲法論」を否定する側の主張する説に、別の記事で紹介した「9条は幣原首相の発案」とする説がある。これなども、仮に憲法9条が幣原首相の発案だったとしても、マッカーサーが日本に命令する立場にあったことには何ら変わりがないのである。このような状況の下で、日本側の誰かがマッカーサーに提案して了承を得られたところで、この従属関係が変更されるわけではない。

しかしながら、「幣原発案説」を説く者は、このあたりの認識に混乱をきたしている。9条は幣原首相が提案したのだから「押し付け」は成り立たないとする彼らの主張は、たとえば、部下が上司に提案して、その提案が受け入れられたら、上下関係はなくなるとか、あるいは、その提案は上司の命令ではなくなるといった論理の主張であり、荒唐無稽である。日本の首相がマッカーサーのもとにやってきて憲法9条を提案したとしても、それは部下が上司に相談に来たというだけのことであり、このことをもって上司の権限が消失するわけでも何でも無い。むしろ、一国の憲法を相談に持ちかけられた上司マッカーサーの権威が増すだけである。

「幣原発案説」について更に記すならば、護憲派の言うようにアメリカの「押し付け」はなかったというのなら、幣原首相はマッカーサーに提案などせずに、日本政府として独自に憲法を制定すれば済む話なのである。そこを、わざわざ日本の首相がアメリカの軍人に自国の憲法を提案したというのは、日本政府には、アメリカの「押し付け」に対抗する権限など微塵もなかったことを証明しているのである。すなわち、「幣原発案説」を主張すればするほど、「押し付け憲法論」を、はからずも証明する結果となるのである。

なお、これは「幣原発案説」が仮に事実だとしたらの話であり、そもそも「幣原発案説」には、幣原首相が9条を発案したとする事実を証明する客観的な証拠がない。幣原首相およびマッカーサーという当事者による後年行われた証言が「幣原発案説」の唯一の根拠になっているのである。その他にも、幣原内閣がGHQに提出した憲法改正要綱の内容とも明らかな矛盾をきたしている。そのため、「幣原発案説」が欠陥だらけで、説得力に極めて乏しいことは、別の記事でも記したとおりである。

戦後71年が経った。日本側が9条を草案したとする客観的証拠が一切存在しない一方で、GHQが9条を草案した客観的証拠には、マッカーサー・ノートおよびGHQ草案GHQ民政局メンバーによるGHQ原案 が存在する。今回のバイデン副大統領の「我々が日本の憲法を書いた」とする発言で、バイデン氏の歴史認識が正しいことは、多年の歳月を経て、これらの証拠が証明しているのである。

tanizaki.hatenablog.com

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