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国防のための軍創設と、あまりにも空想的な憲法9条の平和主義

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私は「平和憲法を守れ」という意見には反対する。なぜなら、「平和憲法」すなわち第9条の定める戦力不保持と交戦権の否認は、平和を維持する手段として用いるには、あまりにも空想的だからだ。

憲法9条がなぜ空想的かを論じるのに、中国や北朝鮮といった現在の脅威ばかりが例になるわけではない。

たとえば、先の大戦がよい例である。大東亜戦争を経験した人達の多くが「戦争はいけない」とか「平和は尊い」というメッセージを発している。私もそのとおりだと思うので、彼らの意見に賛同する。しかし、「だから平和憲法を守れ」というのは同意できない。「戦争の悲劇を繰り返さない手段として憲法9条を」というのであれば、先の大戦で憲法9条が存在していたなら、戦争を抑止できたかを考えてほしい。

すなわち、当時の日本に憲法9条があったところで、日本はアメリカあるいは他の欧州列強に、たちどころに侵略され、日本は敗戦するどころか植民地にされたことは間違いないであろう。

また、戦後日本の歴史を振り返りっても、憲法9条で日本が軍備を制限してきたから戦後の平和が保たれたとするのは歴史認識を誤っており、現実には、在日米軍日米安保条約が平和の礎だったのである。

つまり、憲法9条では戦争を抑止できないのである。事実、9条で戦争を防げるとする証拠は何一つ無い。その一方で、9条を守っている国は侵略されるという証拠なら存在する。1952年、日本の領土である竹島を韓国が侵略し、現在もなお韓国の侵略行為が続いているのが証拠である。

このように、憲法9条のような空想的な手段を用いても国防にはならないのである。戦力不保持や交戦権の否認といった憲法を持つ国が日本以外に皆無なことも、9条が実質的な国防政策にそぐわないことを立証している。もちろん、これから日本を見習って戦力不保持や交戦権の否認を憲法に規定しようなどという国もない。

日本にとっては、憲法9条を改正し、諸々の法整備を実施し、国防のための軍を創設することが、現実的かつ有効な平和実現の手段なのである。

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