自衛隊を認める民進党前原氏の9条加憲案と、これに対するメディアの批判

民進党の代表選に出馬を表明した前原元外務大臣は、憲法9条に第三項を加えて自衛隊の存在を明記することを柱とした加憲案を表明している。これに対して、護憲派メディアが新聞社説などを通じて批判を展開しており、自衛隊の存在を憲法で認めてはいけないと主張している。
しかし、自衛隊は現実に存在する。9条第二項の「戦力の不保持」に違反しないために、政府解釈にて自衛隊を必要最小限度の実力と定め、戦力ではないと位置づけているわけであるが、このような詭弁を続けるのを止めて、改憲をして日本の自衛権を明記すれば良いというのが、大方の9条改正派の考えである。だが、護憲派に言わせると、こうした改正は、9条の精神である平和主義や、平和国家としての国の形を壊すのだという。しかし、そのような平和主義あるいは国の形は、自衛隊憲法に出現すると破壊されるというのであれば、現実世界では、既に現実に自衛隊が存在するのであるから、現実世界ではとっくに壊れているのである。改憲しようがしまいが、彼らの言うような意味での平和主義の世界など、彼らの頭の中にあるだけで、現実にはそんな世界はどこにもないのである。
それもそのはずで、「戦力の不保持」などという憲法規定は、そもそも平和主義でも何でもなく、71年前のGHQによる日本の軍事的解体が目的なのであり、日本を軍事的に無力化するためのアメリカによる政策の一環であった。それが時を経て、この憲法が国防の現実にそぐわなくなってきているだけの話であり、国防の現実に憲法を合わせるのが彼らの平和主義の破壊だというのなら、国防の現実が彼らの平和主義を既に破壊したのである。
したがって、護憲派は、自衛隊を認める9条改正が平和主義の破壊だなどというのなら、現在の自衛隊の存在を平和主義の破壊だとして、日本の武装解除でも何でも主張して、自らの望むように現実を憲法に合わせる方向で努力すればよいのである。それをしないで、憲法を現実に合わせようとする改憲を、「憲法を壊すな」と批判するのは、既に壊れているものを直す行為に向けて「壊すな」と言っているに等しく、まったくおかしな事なのである。
前原氏の案は、9条の「戦力の不保持」などを残したままにする加憲案であり、そのため将来にわたってもなお自衛隊は戦力か否かという不毛な論争を残すものであるから、全く賛成はできないが、しかし憲法を現実に合わせようとする方向性の案には違いない。

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