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GHQ「押し付け憲法」は9条改憲や護憲の理由になるのか?

日本国憲法とくに第9条をめぐっては、憲法GHQの押し付けだから改憲の必要があるとする「押し付け憲法論」を根拠とする改憲論がある。これに対し、憲法の押し付けはなかったとして護憲を主張する護憲派とが対立している。
GHQによる憲法の押し付けは歴史的な事実である。したがって、「押し付け憲法論」を主張する改憲派の方に正当性があるように見える。しかし、「押し付け憲法論」が歴史的な事実に整合するからと言って、これだけを憲法改正の根拠にするならば、いくつかの問題点がある。GHQ憲法押し付けを改憲の理由にするならば、GHQの押し付けは憲法以外にもあったのが歴史的事実であるため、本来は憲法以外にも改変を主張しなければならない。たとえば農地改革が良い例で、これはGHQによる典型的な押し付けであり、したがって改憲派は押しつけ論を展開するのであれば、農地改革の撤回も主張しなければ筋が通らない。他にも、財閥の解体や、戦争協力者の公職追放といった押し付けも、憲法以外の押し付けとして存在するのであるから、GHQ押し付けを不当とするなら、これらの撤回も主張するべきなのである。
だが、「押し付け憲法論」を主張する改憲派には、このような認識は見られず、憲法改正論だけにGHQ押しつけ論を持ち込んでいるため、「押し付け憲法論」を改憲の理由にするのは、都合の良い論理と言える。
ただし、憲法の押し付け自体は歴史的な事実であり、「押し付け憲法論」の正当性自体は否定されるものではない。この点、護憲派の唱える「押し付け憲法論否定説」はことごとく誤りである。護憲派のこれらの説には、憲法帝国議会の審議を経て成立したことを理由に押し付けを否定するものや、幣原喜重郎首相がマッカーサー憲法9条を提案したとするものなど、いくつかの説があるが、いずれもGHQによる日本統治の実態を無視していたり、歴史的証拠が存在しない説であるため、「押し付け憲法論」を覆すには至らないものである。
いずれにせよ、現在の憲法に問題がないのなら改憲の必要は全くない。あくまでも、憲法に問題があるとして改憲するか、憲法に問題はないとして改正をしないかのどちらかである。
したがって、「押し付け憲法論」だけを改憲の理由にするのは問題があるが、逆もまた真である。憲法の押し付けがないなら改憲の正当性もないとする護憲派の主張は、全く不毛なものである。

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