韓国・釜山での慰安婦像の新たな設置と、日本外交の犯している誤り

31日の今日、韓国・釜山の日本領事館前に、新たな慰安婦像が設置された。大晦日の賑わいにもみ消されたかのような、扱いの薄いニュースだが、日韓合意を反故にしても良いという韓国側のメッセージである以上、極めて重大な出来事である。
我々はここまで韓国にナメられているのである。だが、このことを自覚している日本人はあまりにも少ない。産経の論調は「韓国だから仕方ない」という諦めの声を漏らしている。だが、冗談ではない。我々は喧嘩を売られているのである。相応の報復をしないでいて、このままいつまで喧嘩に負け続けるのか?
また、産経のソウル支局長は「日韓合意を反故にした韓国は、これで国際的な信用を失うだろう」などとも論じているが、「国際的な」というのがもし欧米諸国を指しているなら、あまりにも甘すぎる認識である。欧米人にとって、東洋人の間の人権問題など、本来どうでもいい事なのである。日本がいくら、慰安婦は「性奴隷」ではなく「売春婦」であると言ったところで、それらの違いなどそもそも欧米人にとってはどうでもいい区別だ。韓国が日本との合意を反故にしたところで、所詮はアジア人同士の争いにしか彼等の目には映っていない。面倒だから「どうせ日本が悪いんだろう」と、いつも寡黙で自己主張しない日本のせいにしていれば丸く収まるというのが欧米人のホンネである。したがって、「国際社会が見ているから」などというのは、日本人が単にそう思いたいだけの幻想である。
そんなことより、大事なのは韓国に対して我々日本人が出来ることは何かということである。人間関係でもそうだが、問題のある人物をこちらがいくら矯正しようとしたところで全くの無駄である。こちらが変わらなければならない。それを日本人は行ってきていないと思う。
韓国人は、つまりは「日本に対しては、何をしても、日本は引き下がる」と思っているのである。これは彼らが図々しいとか恥知らずだとか、彼らの問題として捉える限り解決しないことだ。先に述べたとおり、これは我々の問題として捉えないといけない。つまり、彼らにこのように思わせているのは我々日本人なのだという、現実の我々の姿を自覚するべきなのである。
実際にそうではないかーー今回の慰安婦合意にせよ、日本は「合意」という名の、書面によらないあやふやな口約束で、まだ相手が何も実行していないのに10億円を支払った。せめてソウルの慰安婦像を撤去させてから支払うべきなのである。この日本の出方を見て調子に乗った韓国人が今度は釜山に慰安婦像を立てて、また日本からカネを無心しようとしているのである。我々が彼等を調子づかして、エサを与え続けてきたのである。
外務省の岸田大臣は、まさか日韓合意を「国際社会が見ているから」などと脳天気に考えてはいないと思うし、安倍総理もそうであってほしいと思う。だが、これも幻想なのかもしれない。安倍総理の外交は評価できる部分はあるが、日韓合意については、過去の間違った日韓外交の延長でしかなく、この瞬間にも、韓国の次期政権の指導者を調子づかせているだけなのである。この代償が、またもや、将来大きなしわ寄せとなって返ってくるのは間違いない。

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